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東京高等裁判所 平成8年(ラ)95号 決定 1996年9月25日

抗告人

ビルディング不動産株式会社

右代表者代表取締役

佐々木泰樹

右代理人弁護士

伊藤茂昭

松田耕治

宮田眞

進士肇

主文

原決定中、抗告人敗訴の部分(主文第四項)を取り消す。

右取消しにかかる部分を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原決定主文第四、五項を取消す。抗告人の申立てにより、原決定別紙請求債権目録記載の請求債権(以下「本件請求債権」という。)の弁済に充てるため、同目録記載の執行力ある債務名義の正本に基づき、債務者が第三債務者らに対して有する原決定別紙差押債権目録1、3記載の債権(以下「本件差押債権」という。)を差し押さえる。債務者は、本件差押債権について、取立てその他の処分をしてはならない。第三債務者らは、本件差押債権について、債務者に対し弁済をしてはならない。申立費用及び抗告費用は債務者の負担とする。」との裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙執行抗告状記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  一件記録によれば、抗告人は、本件請求債権の弁済に充てるため、前記執行力ある債務名義の正本に基づいて、本件差押債権の差押えを求めたこと、本件差押債権は、銀行預金債権であったこと、原裁判所は、銀行預金債権の差押えを申し立てる場合には、銀行預金取引の大量性に加えて、顧客管理が店舗単位で行われていることに鑑み、第三債務者たる銀行に格別の負担を負わせないように、取引店舗を特定して申し立てる必要があるとして、その特定のない本件申立てを却下したことが認められる。

2  ところで、債権に対する強制執行においては、申立書に強制執行の目的とする財産を表示しなければならず(民事執行規則二一条三号)、そのためには差し押さえるべき債権を特定するに足りる事項を明らかにしなければならない(同規則一三三条二項)とされているが、これは、関係人間に強力な法律効果が発生する強制執行の性質に鑑み、その対象を客観的に他の債権と区別できるように明確にしておく必要があり、また、差押禁止債権であるか否か、差押許容限度を超過していないかなどの諸点についての執行裁判所の審査に資するために定められているものである。しかし、どの程度に差押債権を特定すべきかが一義的に定まっているわけではないので、右の制度趣旨に照らし、かつ、当該債権の給付内容に照らして、債権の種別ごとに判断するほかない。そして、一般的には、差押債権の表示を合理的に解釈した結果に基づき、しかも、第三債務者において格別の負担を伴わずに調査することによって当該債権を他の債権と誤認混同することなく認識し得る程度に明確に表示されることを要するものということができる(東京高裁平成五年四月一六日決定・高民集四六巻一号二七頁参照)。

3  ところで、抗告人は、複数の支店に順序を付した上で、差押債権を特定しているが、第三債務者である銀行としては、原判決別紙差押債権目録の表示にしたがって、当該各支店の預金を調査し、他の債権と差押債権を区別して特定することは可能であるから、仮に、複数の支店にまたがって差押債権を表示したとしても、抽象的、論理的にはそれのみでは債権の特定を欠くとはいえないというべきである。

4  原決定は、「第三債務者たる銀行としては、挙げられた各支店間で直ちに緊密な連絡を取って差押えの効力の及んでいる預金債権の範囲を確定する必要があり、しかも、銀行預金取引の迅速性・大量性に鑑みれば、瞬時にこうした判断を行うことが要請され、第三債務者たる銀行に不当に多大な負担を掛けることになる」としているが、確かに、預金債権差押えの効力は第三債務者である銀行に送達された時点でそのとき存在する預金について及ぶから、銀行としては、速やかに差押債権を特定してその支払を停止するとともに、それ以外の債権について支払請求があった場合にはその支払に応じる義務がある。したがって、膨大な数の預金債権を扱っている銀行に対し、過大な負担をかけるような差押債権の表示は前記の趣旨から、特定が不十分といわざるを得ない。

そして、調査嘱託の結果によれば、第三債務者である銀行の顧客管理は、各取引店舗ごとに行われており、差押債権の有無は各取引店舗ごとに確認する必要があること、差押命令の送達を受けてから差押えに伴う処理は、三〇分から四五分くらい、少なくとも一時間以内には完了すること、差押債権が複数の取扱店舗にまたがる場合には、該当店舗間で連絡を取り合い処理する必要があるので相当の時間が必要であること、全店舗を対象とする場合は、更に相当の日数を要する可能性があることが認められる。したがって、銀行においては各取扱店舗ごとに債権差押えに関する処理をせざるを得ないことを前提として、債権の特定性を検討する必要があるが、仮に第三債務者である銀行の本店に差押命令が送達された場合(複数の取扱店舗にまたがる債権の差押命令を送達する場合には、送達による混乱を避けるためにも、原則として、本来的な送達場所である本店所在地宛にされることが望ましいといえよう。)には、該当する取扱店舗全部に速やかに連絡を取り、並行して該当預金を探索すれば、差押えに伴う処理に要する時間は相当程度減縮され、取扱店舗数に比例して増加するものとまではいえない。

また、執行債務者としては、預金債権を差し押さえられると、その支払が受けられないとともに、銀行取引約定等による不利益や手形の不渡り等を受ける可能性があるから、できるだけ速やかに債権執行が完了して、差押債権が確定される必要がある。

しかしながら、執行債権者としては、自己の権利実現を図るために強制執行を申し立てる以上、できる限り調査して、取扱店舗を特定する努力をすべきではあるとはいえ、執行債権者としても調査能力に限界があるから、取扱店舗を一つに絞ることは困難を伴うことも十分考えられ、複数の取扱店舗に同時に債権の差押命令をなす必要性にも十分配慮する必要がある。

5 以上の諸事情を考慮するに、第三債務者が差押命令の送達を受けながら、当日中にその処理を完了できないような差押債権の表示は、前記特定に関する要件を満たしているか問題であるが、本件申立てのように三店舗を列挙する程度であれば、差押命令受領後、当日中の相当時間内に処理することが可能と認められ、特定の取扱店舗のみの債権の差押えに関する事務処理と大差のない程度の負担で処理できると考えられるので、第三債務者である銀行に過度の負担をかけるものとはいえないというべきである。よって、本件差押命令の申立ては差押債権が特定されていると解するのが相当である。

三  よって、抗告人の本件抗告は理由があるから、原決定を取り消し、民事執行法二〇条、民事訴訟法四一四条、三八八条により、本件を東京地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官岩佐善巳 裁判官山﨑健二 裁判官彦坂孝孔)

別紙執行抗告状

原決定の表示

主文

1 債権者の申立により、上記請求債権の弁済に充てるため、別紙請求債権目録記載の執行力ある債務名義の正本に基づき、債務者が第三債務者西武信用金庫に対して有する別紙差押債権目録2記載の債権を差し押さえる。

2 債務者は、前項により差し押さえられた債権について、取立てその他の処分をしてはならない。

3 第三債務者西武信用金庫は、第1項により差し押さえられた債権について、債務者に対し弁済をしてはならない。

4 債権者のその余の申立をいずれも却下する。

5 申立費用はこれを三分し、その一を債務者の、その余を債権者の負担とする。

抗告の趣旨

1 原決定のうち、

(4) 債権者のその余の申立をいずれも却下する。

(5) 申立費用はこれを三分し、その一を債務者の、その余を債権者の負担とする。

の部分を取り消す。

2 債権者の申立により、上記請求債権の弁済に充てるため、別紙請求債権目録記載の執行力ある債務名義の正本に基づき、債務者が第三債務者株式会社第一勧業銀行及び株式会社あさひ銀行に対して有する別紙差押債権目録2記載の債権を差し押さえる。

3 債務者は、前項により差し押さえられた債権について、取立てその他の処分をしてはならない。

4 第三債務者株式会社第一勧業銀行及び株式会社あさひ銀行は、第2項たより差し押さえられた債権について、債務者に対し弁済をしてはならない。

5 申立費用及び抗告費用は債務者の負担とする。

との裁判を求める。

抗告の理由

1 原審は、第三債務者株式会社第一勧業銀行及び同株式会社あさひ銀行に対する本申立について、別紙債権目録記載のとおり、各銀行の三支店を挙げ、それに順序を付す形でおこなうことは、差押債権の特定を欠くものとして却下する。

ところで、債権差押命令の申立に際しては、「差し押さえるべき債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項」(民事執行規則第一三三条第二項)を記載しなければならない。しかし、同条における債権の特定にあたっては、各銀行の三支店を挙げそれに順序を付す形でおこなうことで足りる。原審は同条の解釈を誤り、従前の裁判例(東京高等裁判所決定平成五年四月一六日)に反するものである。

2 まず、第三債務者である銀行において、第三債務者たる銀行と支店は法的には同一人格であることから、支店の預金者に対し、本店を第三債務者とした差押命令を本店に送達した場合でも当該差押は有効であるという裁判例がある(東京控判昭和九年一一月三〇日)。

もちろん、既になされた差押命令が有効か無効かという問題と差押命令申立を却下するか否かの判断は異なることも不合理なことではない。前掲の裁判例によれば、預金取扱支店が差押の事実を知る前に預金者に預金の支払いをおこなった場合は、民法第四七八条による救済が可能ではあるが、混乱が生ずることは否定できず、差押命令申立の時点では、預金の所在場所の特定(店舗の特定)を求めることに理由がない訳ではない。それでは、差押命令申立時にどの程度の特定をもって、「差し押さえるべき債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項」と言えるだろうか。

3 この点については、一方において債権執行における第三債務者の地位は他人間の紛争に巻き込まれた第三者であるからできるだけ負担をかけないよう執行手続が運用されなければならない。しかし、他方において、ドイツ民事訴訟法上の開示保証のような制度のない我が国において執行債権者は目的債権の詳細を調査することが不可能であること、法律的根拠のない執行不能財産を作出すべきではないという観点からどの程度店舗の特定を求めるべきか検討を加える必要がある。

4 まず、銀行側の事情については、どうだろうか。昭和四七年一〇月の電気通信事業第一次自由化に伴ない、他の金融機関を結ぶネットワークが可能となり、現在の銀行の顧客管理システムはこのときに構築されている。この顧客管理システムにおけるコンピューターソフトは、顧客別に全店的統一番号をつけ各勘定科目の内訳をこの統一番号口座に集約登録する方式と、各勘定科目別に各顧客別に口座番号をつけ各勘定項目別のマスターファイルに全店の顧客の勘定科目別内訳を集約登録しておき、各顧客には別途に全店的統一名寄せ番号をつけて、この名寄せ番号により各顧客別の勘定科目内訳を検索する方法がある。

上記のシステムにおいて、取扱店舗名のない預金差押命令が第三債務者である銀行に送達された場合、銀行では預金者の属性情報により瞬時に預金の取扱店舗を検索し、支払停止措置をとることができる。この場合、取扱店舗が複数にわたるときは優先順位の指定さえあれば目的預金は特定されたものと考えることができる。

したがって、現在の銀行のシステムにおいては、取扱店の指定に順位をつければ、預金を特定することも不可能ではない。

しかしながら、第一に上記システムにおいては預金者の支払請求の対応も迅速になっていること、第二に執行抗告等において紛争となった場合顧客の預金情報を不当に開示するおそれのあること、第三に執行債権者が全く債務者の預金の有無を調査せずにおこなうことは防止すべきであること、及び第四に上記システムは顧客管理という第三債務者たる銀行のために構築されたものであり差押債権者のために構築されたものではないことを考慮すれば、全支店を対象としつつ取扱店の指定に順序をつければ良いということはできない。第三債務者たる銀行は、前述のように他人間の紛争に巻き込まれた第三者であるからできるだけ負担をかけないよう執行手続を運用しなければならず、可能であるからといって、債権執行による業務に銀行が忙殺されるようなことがあってはならないのである。

したがって、全支店を対象としつつ、取扱店に指定に順序をつければ債権の特定するに足りる事項を充足したとすることはできない。

5 それでは、債権者の事情はどうか。まず、執行債権者は自ら強制執行を申し立てて権利の実現を図ろうとする以上、多少の困難があってもやむを得ない立場にある。しかし、執行債権者がその債権執行により回収を図ろうとしている執行債権は、もともとは本旨弁済されねばならないはずのものであり、それが履行遅滞の状態になったからこそ債権者は強制執行を選択せざるを得なかったのである。この意味で、執行債権者にも保護が図られる必要がある。また、前述のようにドイツ民事訴訟法上の開示保証のような制度のない我が国において執行債権者は目的債権の詳細を調査することが不可能であることも考慮されなければならない。しかし、債権者に何の調査も課さずに全店に対してその順序さえ指定すれば差押が可能というのであれば、本来債権者がおこなうべき調査義務を第三債務者に転化するものと言わざるを得ない。更に全店に対してその順序さえ指定すれば差押が可能ということは、ある意味での預金調査に他ならず、強制執行の名を借りた調査ということさえ言うことができる。

このような観点からは、債権者にも一定の調査義務を課して、ある程度の支店を特定することを要求することは不合理なことではない。

6 東京高等裁判所平成五年四月一六日決定は、「確かに、調査能力に限界のある執行債権者としては取扱店舗を一つに絞って確定することには困難を伴うことも考えられないではなく、このような場合にまで預金債権の所在場所を唯一の店舗に絞るように要求するのは相当ではない。したがって、預金債権が存する可能性のある本支店を幾つか列挙することも許されないわけではない。しかしながら、その場合でも差押命令の送達を受けた金融機関の負担を考慮するとおのずから限度があり、少なくとも本件のように『第三債務者における支店番号の若い支店から順次充当』するといった記載で特定性を充たすと解することは困難である。」と判示している。

この判示によれば、本申立において支店を三店として順次充当させる特定は、特定の要件を充足し認められるものである。

原審は、「第三債務者たる銀行としては、挙げられた各支店間で直ちに緊密な連絡を取って差押の効力の及んでいる預金債権の範囲を確定する必要があり、しかも、銀行預金取引の迅速性・大量性に鑑みれば、瞬時にこうした判断を行うことが要請され、第三債務者たる銀行に不当に多大な負担を掛けることになる」と指摘する。

しかし銀行取引においては、前述のように本来なら全ての支店を対象とする差押でもオンラインシステムから可能であり、本件のように三店に限定した差押については、「多大な負担」であるとはいえない。また、債権者としては強制執行における債権の実現であり、自らも調査をおこなった上で対象を限定する努力をおこなった上での差押であり「不当」とはいえない。

更に、原審は、「本件のように各支店を送達場所として送達をなし、送達日時に開きが生じた場合には複雑な問題を生じうる」と指摘する。しかし、特定した三店のうち、一店に差押命令が送達されれば、前述のオンラインシステムで支払いを停止することは十分に可能である。各支店に送達することは、第三債務者たる銀行側で三店のうちから他の二店にファクシミリ送付などの手続を軽減することを目的とする債権者の配慮であって、これを理由に特定性を否定することは本末転倒の議論としか言い様のないものである。

7 なお、実際、債権者代理人は旭川地方裁判所においても、同様の方法で債権申立をおこなっているが、決定を受けた後、第三債務者から直ちに陳述書の送付を受けており、原審が指摘するような混乱は生じていない。

8 よって、抗告の趣旨記載のとおりの裁判を求める次第である。

添付書類

1 委任状一通

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